織田信長の日本最古の薬草園

永禄11年(1568年)に、織田信長はポルトガル宣教師に、薬草を栽培するための土地を伊吹山で与えました。
その広さ50町歩、今でいうと東京ドーム10個分に当たります。その薬草園のあった場所がどこであるか不明ですが、宣教師がヨーロッパから薬草約3,000種類を移植したとされています。

この記録は江戸時代に出版された通俗書にみられますが、確かな歴史書ではないためその真偽はわかりません。
ただ当時薬草とともに紛れて入って来た雑草類が伊吹山に残っていることから、織田信長と薬草園は事実だとされています。
その証拠なのが、雑草のキバナノレンリソウ、イブキノエンドウ、イブキカモジグサなのです。

織田信長の居城であった岐阜城の天守閣に登ると、西の方に伊吹山がそびえたっています。
岐阜城にいく機会がありましたら、伊吹山に広大な薬草園を作らせた信長の時代を想像してみてくださいね。

その後も、伊吹山の周辺部では地元の薬草を用いた生活が営まれてきました。
伊吹百草や伊吹もぐさは最も古い薬草利用と言われています。
薬草の豊富なことが薬草を利用しての生活に結び付いていったのです。

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